大島紬テディベアの泥太郎と藍太郎(@mizuhobear)が紡ぐ古今和歌集の世界。
雁は和歌の中でどのような役割を担っているのか、
古今和歌集を参考にして探っていきたいと思います。
結論からいうと、雁は秋のおとづれを告げる使者であり、
人々は雁の鳴き声に自分の悲しみを重ねています。
歌人が「雁に自分の心を、どのように託しているのか」を理解し、
参考にしながら、秋を自分のものにしましょう。
1. 秋の訪れを告げる雁
まつ人に あらぬ物から はつかりの けさなくこゑの めづらしき哉(206) 在原元方
【現代語訳】雁は私が待っている人ではないけれども、今朝初めて鳴いた雁の声は、
まことに珍しく心ひかれることであるよ。
春の訪れを告げる鳥は鶯ですが、雁は秋を告げる鳥です。
鶯と雁、双方の鳴き声を聞いて人々は新たな季節が来た事を実感するわけです。
この歌の作者は不意に初雁の鳴き声を聞いて、「秋との出会い」に感動しています。
雁の鳴き声=耳で秋を感じる
2.雁は秋の象徴の一つ
わがかどに いなおほせどりの なくなべに けさ吹く風に かりはきにけり(208) よみ人しらず
【現代語訳】わが家の門口でいなおほせ鳥が鳴くと同時に、
今朝の涼しい風に乗って雁はやって来たことであるよ。
「今朝吹く風に乗って雁はやって来た。」は、
「今朝吹く風に乗って秋はやって来た。」と言い換えることもできます。
雁を秋の象徴として、捉えていることがわかります。
3.春に去った渡り鳥を秋に出迎える
春霞 かすみていにし かりがねは 今ぞなくなる 秋ぎりのうへに(210) よみ人しらず
【現代語訳】春霞の中に飛び去って、北国に帰って行った雁が、
今しも飛び来って秋霧の上で鳴いていることであるよ。
こちらは「霧」と「鳴き声」という、形がない二つの要素を合わせる事によって、
雁を想像する趣向です。
霧で雁の姿が隠される事によって、鳴き声がより強調されています。
霧の上に秋が来ているという面白い見方。
4.雁を「手紙を届ける人」に見立てる
秋風に はつかりがねぞ きこゆなる たがたまづさを かけてきつらむ(207) 紀友則
【現代語訳】秋風に乗って初雁の鳴き声が聞こえてくるのである。
遠い北国から、いったい誰の消息をたずさえてきたのであろうか。
伝書鳩みたいですが、手紙をたずさえる役割を担わせる見立ては
雁だけではなく、他の渡り鳥にも使われます。
「風たより」ではなく、「雁たより」といったところでしょうか。
5.雁の鳴き声は秋版「音の風景」
いとはやも なきぬるかりか 白露の いろどる木々も もみぢあへなくに(209) よみ人しらず
【現代語訳】なんとまあ、はやばやと雁が鳴いたことであるよ。
紅葉に染めようと白露がおいている木々も、まだ充分に色づいてもいないのに。
まだ紅葉が色づいていないのに、空には秋を告げる雁が来てしまった。
秋が到来する天と地の時間差を表現する趣向になっております。
雁の鳴き声は秋を告げる「音の風景」として定着しています。
6.「月に雁」は秋の代表的な取り合わせ
6-1.浮世絵のモチーフとして使われる
白雲に はねうちかはし とぶかりの かずさへ見ゆる 秋のよの月(191) よみ人しらず
【現代語訳】白雲の浮かぶ空高く羽ばたきながら飛んで行く
雁の数までもはっきり見える秋の夜の月のあかるいことよ。
月夜に羽ばたく雁の群れ…
とても絵画的な歌です。
「月に雁」の取り合わせは、江戸時代には歌川広重の浮世絵の題材として使われ、
のちに郵便切手として有名になりました。
6-2.雁は秋の空に欠かせない役者
さ夜なかと 夜はふけぬらし かりがねの きこゆるそらに 月わたる見ゆ(192) よみ人しらず
【現代語訳】夜が更けて真夜中になったらしい。雁の鳴き声がきこえてくる空に、
明るい月が渡って行くのが見える。
頭の中に絵が浮かびやすい歌ですね。
「雁が音の聞ゆる空」って見事に秋の空を表現してますね。
それに月が加わる事によって、より夜空の場面が明確になり
幻想的になります。
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7.雁の編隊飛行を舟に見立てる
秋風に こゑをほにあげて くる舟は あまのとわたる かりにぞありける(212) 藤原菅根朝臣
【現代語訳】秋風に吹かれ、声を帆のように高くはりあげて、
漕いでくる舟は、あの大空の海峡を渡る雁であったよ。
大空を大海原に見立てて、雁の編隊飛行を帆船にたとえる趣向の歌になっております。
声を帆のように張り上げるという例えも素晴らしいですね。
和歌では秋の空で雁は欠かせない存在になっております。
8.雁の鳴き声に自分の悲しみを重ねる
うき事を 思ひつらねて かりがねの なきこそわたれ 秋のよなよな(213) 凡河内躬恒
【現代語訳】(つらいことを一つ一つ思いつらねるように)、雁がつらなって鳴きながら
秋の夜空を飛び渡って行く、毎夜のように。
雁が鳴いたのを聞いて、悲しみに一人泣く自分を重ねています。
「鳴きながら連なって飛ぶ雁」に
「つらい事を一つ一つ思い連ねて泣く自分」を重ねたところが俊逸です。
「秋のよなよな」と言う場面設定も、より悲しみを引き立たせてくれます。
9.白露を雁の涙に見立てる
なきわたる かりの涙や おちつらむ 物思ふやどの 萩のうへのつゆ(221) よみ人しらず
【現代語訳】大空を鳴きながら渡って行く雁の涙が、落ちて凝ったものであろううか。
物思いにふけっている私の家の萩においているこのおびただしい白露は。
一人泣き明かした朝の歌でしょうか。
庭の萩に降り注いだ白露を、夜泣いていた雁の涙に見立てる趣向が美しいです。
雁に自分を重ねて詠んでいます。
これは女性の歌と思われますが、
文を送られた男性がどう思ったのか興味深いところです。
和歌では雁の鳴き声は、見ている人の悲し泣きに転化される傾向があります。
個人的な体験ですが、この歌を知ってから、
実際に秋の露を見るたびに、
「雁の涙」と思い直す事によって、
立ち上る秋のイメージを自分のものにできるようになり、
より上質な時を過ごせるようになりました。
10.春を捨てる雁
はるがすみ たつを見すてて ゆくかりは 花なきさとに すみやならへる(31) 伊勢
【現代語訳】春霞が立ちまもなく花もさき楽しい春になるのに、
それを見捨てて北国へ帰ってゆく雁は、花の咲かない里に住み慣れているのであろうか。
雁は秋の訪れを告げる鳥ですが、
逆に北国に飛び去る事で、春の訪れを告げる存在になります。
まとめ.
いかがだったでしょうか
雁が和歌では秋を告げる存在であり、
雁の鳴き声に自身の悲しみを重ねる様を
見ることができました。
あなたも古の歌人のように
雁に自分の心を重ねてください。